業界の歴史を辿ると、未来を真剣に考える環境整備が見える

これからの住宅市場において、いつの時代も様々な未来のデータ分析が予想されて行くのだが、ただこんな時代に来ても、まだ新築着工数やリフォーム市場に対して数の予想を中心に指針化してしまうのは、まさしく昭和40年代からの住宅5ヶ年計画の思考の名残りとも言えるのではないか。

高度経済成長期に、あらゆる層の所得者に対して新築住宅の供給を促進させた住宅5ヶ年計画の行く末には、ローコスト住宅普及を台頭に、国民所得の上昇から国民が快適な暮らしを求め出し、そしてそれを叶える新建材がどんどん普及し『快適』というキーワードから高気密・高断熱化にシフトしてきたのであった。その結果、何を引き起こしたのか…。シックハウス症候群や化学物質過敏症などの健康被害が広まったことだった。

F★★★★建材使用義務というホルムアルデヒド規制を余儀なくされ、そして気密化がどんどん進むことで、換気や火災報知器の義務化まで国は進めてきたのである。気がつけば、今や花粉症のような現代病が当たり前になったのは、皮肉にも空気環境変化に伴う事象が原因だったと思う。

なんといっても数を追う国策に対して残された底辺の遺産は、『住宅瑕疵』と言われる恐ろしい製造欠陥問題だったことを皆さん、覚えているでしょうか?実はそんな社会問題から2000年には、品確法が生まれ、追って住宅瑕疵という問題を民間保証という枠組みから国は外し、瑕疵担保責任履行という顧客保護視点から国が事業者に対して強制的に担保させ、現行の瑕疵担保義務に踏み切ってきたのであった。それが今、皆さんが加入している瑕疵保険なのである。

そして人口は減少に転じ、世帯が減り新築着工減を睨んだ国は、とうとう住生活基本法を打ち出したのだった。簡単に言えば、『量から質へ…』という政策転換である。ここからのモードが、これからの未来への政策原点であり、ひとつの覚悟ではなかったのだろうか?

今の現場環境では、すでに材工分離された職人の手間代は、弟子の雇用を守りきれない最低ラインまで底値化し、それに伴ってなり手の問題が課題となり、今や目減りする労働環境に対して、本質的な地位向上に結びつく取り組みすらない。輪をかけて国は、更なる安全な構造設計やしっかりとした性能住宅を推進して行くといった国策に対しても、全く製造現場改革がおいつかず、これから外国人労働者に門戸が開いていったとしても、厚化粧した素肌には、すでに角質だらけの酷い姿と化しているのである。

今年で平成が終わる…。新しい歴史の幕開けには、本当に考えていかないと行けない問題が見える。空き家の増加や建物の資産価値に対する考え方については、国の政策根本から矛盾しているだけに、我が国における高齢化や少子化の課題、さらには住宅そのものの資産価値に対する課題を含め、根っこから向き合っていかないといけないのではないだろうか。

特に空き家の増加については、現在、過半数が賃貸物件である。まだこれからも賃貸物件を供給し続け、空き家増殖化運動でも国は推進していくのか。それどころではなく、空き家自体の不動産所有者が不明である物件も2割を超える勢いであり、まさしく少子化という社会問題から生み出される相続課題は非常に根深い。世間というものは、きっとそんな甘いものではなく、薄っぺらな中身は必ず身を滅ぼすという過去の経験を、日本は初心に帰って学ばないといけないのではないだろうか。