家づくりにおいて、私たちが手にする「設計図書」と、実際に家を建てる「施工現場」。一見、完璧に連動しているように思えるこの2つの間には、実は業界特有の根深いギャップが存在することをご存知でしょうか。

今回お話を伺ったのは、本メディアの建築基礎知識の記事を監修しているNEXT STAGEの小酒(こさけ)さん。大工の父を持ち、宮大工としての修行や意匠設計・構造設計のノウハウ習得など、設計・施工の両面で濃密なキャリアを歩んできたスペシャリストです。

前編となる今回は、小酒さんのこれまでの歩みを振り返りながら、現場で直面した「設計と現場のリアルな溝」、そして密かに夢見る「日本の住宅業界の設計改革」について語っていただきました。

<取材協力>(株)NEXT STAGE 小酒 徹也

幼少期から身近だった建築の世界と、就職氷河期の中で選んだ道

──まずは、小酒さんの経歴について教えてください。

私は福井県の出身です。父親が大工をしていたことから、幼少期から現場に付いていったり手伝ったりと、自然に建築に触れる環境で育ちました。進路を決める際に、特にやりたいこともなかったのですが、やはり幼少期からの影響が大きく、大学は建築学科に進学しました。

──子どもの頃から建築が身近にあり、自然とその道を選ばれたんですね。

当時は「大工になりたい」「設計をやりたい」という意思があったわけではなく、ただお小遣い欲しさに手伝っていただけだったんですけどね(笑)でも、やっぱり手伝っていくうちに「自分もこの道に進んでいくのが自然なのかな」と思うようになり、建築の道に進みました。

──子どもの頃からブレずに建築に携わっているのは素敵ですね。大学卒業後はそのまま就職されたのですか?

それが、私が就職活動をした2000年は、ちょうど「就職氷河期」の真っただ中で…。そもそも求人がほとんどなく、募集があってもわずか数人の枠に数百人が殺到するような状態でした。とても普通に就職できる状況ではなかったんです。

──そんなに厳しい時代だったのですね。

そうなんですよ。そのため、そのまま卒業してもフリーターになってしまう可能性が高く「せっかく勉強してきたのに、それはもったいない」と思い、ひとまず2年間、大学院に進学することにしました。大学院の研究室には福井で高名な先生がいらっしゃいました。私自身、日本史が大好きだったこともあり、そこでは古建築の調査や研究に没頭していました。

宮大工の修行から、現場と設計のキャリアを積む

──4年間の基礎知識をベースに、大学院でさらに専門的な調査・研究を深められたのですね。修了後はどうされたのですか?

2年経てば就職氷河期も落ち着いているだろうと願っていたのですが、実際には状況がさらに悪化していて…。次の進路を悩んでいるとき、研究室の先生から「京都に古い建築を扱う会社があるから、そこなら紹介できるよ」とお声がけいただいたんです。

「このまま大学院に残り続けるのも違うな」と感じていたタイミングだったため、紹介を受けて入社を決めました。そこから私の宮大工としての修行が始まりました。

──そのような経緯で宮大工の期間があったのですね! 具体的にはどのようなお仕事をされていたのですか?

最初の2年間は、現場での宮大工の修行がメインでした。就職した企業は文化財や古建築の修復、修復を行うための調査等を行う会社だったんです。しかし、修繕の適正な判断を下すためには、そもそも現場のリアルな知識が不可欠だということで、まずは現場で宮大工としての経験を積むことになりました。

また、その会社ではお寺や神社などに置かれているような「建築模型」の制作も行っており、私は本来それが作りたくて入社したんです。ただ、模型を作るにしても、現場の構造や知識が頭に入っていないと良いものは作れない。それならまずは宮大工を経験しよう、という流れでした。

──では、2年間の修行を終えた後は、念願の模型作りに移られたのですか?

いや、結局のところ模型を作る機会は巡ってきませんでした(笑)。その代わりに、大学・大学院で培った建築の基礎知識や調査・研究の知見を活かして、建物の調査や図面作成の業務がメインになりました。その仕事を続けながら、一級建築士の資格も取得したんです。

当時は給料もかなり低くて…。まあ、氷河期に就職できただけでありがたい環境ではあったのですが、無事に一級建築士も取得できたので「そろそろ次のステップへ進もう」と考え、5年勤めたタイミングで転職を決意しました。

──次はどのような職場へ転職されたのですか?

プレカット会社(※)に就職しました。その会社の中に新設された設計事務所に配属され、意匠デザインから確認申請、構造計算まで、住宅建築に関する幅広い業務に携わりました。ただ、新設部署だったために社内に指導してくれる先輩がおらず、ノウハウを学ぶために東京の構造計算専門会社へ4ヶ月ほど出向させてもらったんです。そこで集中的に構造計算の技術を習得しました。

また、会社が住宅検査機関にも登録していたため、たまに現場へ住宅検査に行くこともありました。

(※)プレカットとは
木造住宅などに使用される木材を、あらかじめ工場で切断・加工し、現場でスムーズに組み立てられる状態にすること。

NEXT STAGEとの「運命的な出会い」と、現場で知った設計の裏側

──転職を機に、いよいよ住宅建築の深部に関わるようになったのですね。その「たまに行っていた住宅検査」がきっかけで、NEXT STAGEを知ったのですか?

いえ、実はそうではなくて、当時働いていたプレカット会社が入っていたビルに、偶然NEXT STAGEの子会社だった第三者住宅検査機関のオフィスが入っていたんです。1階と3階という近さで(笑)。

──ええっ!? そんな偶然があるのですね! まさに運命的な出会いですね。

本当にそうですね(笑)。同じビルということもあり、定期的に顔を合わせるうちに顔なじみになり、現場での施工課題も自然と耳に入ってきていました。

プレカット会社で5年ほど働き、次のキャリアを考えていた際、ある先輩に相談したんです。その先輩が、当時NEXT STAGEで「標準施工手引書(施工マニュアル)」を作成している方で、その縁で紹介していただき、2012年にNEXT STAGEへ入社することになりました。

──ここから本格的に、住宅の施工現場と深く関わるようになるわけですね。これまで「設計」をメインにされてきた立場から見て、実際の現場はいかがでしたか?

おっしゃる通り、実際の施工現場にここまで深く関与するのは初めての経験でした。これまでも図面を描いたり、たまに検査で現場へ行ったりはしていましたが、前職での検査とNEXT STAGEで行っている「第三者監査」とでは中身の濃さが全く違いました。そのため、毎日が新しい勉強の連続でしたね。

それと並行して、施工手引書の制作にも携わることで、現場に関する知識を急速にアップデートしていきました。

──「設計」と「現場」の間にあるギャップを、身をもって体感されたのですね。

本当にその通りです。もちろん現場の施工性を考えて図面を描く設計士もいますが、当時の自分を振り返ると、それが全くできていなかったと痛感しました。正直なところ「図面を描いた後は現場にお任せ」という意識がどこかにあったのだと思います。

設計の裏側をお話しすると、特に地域の工務店などで、すべての設計を自社内で完結させている会社はそれほど多くありません。外注に頼る部分も多いため、どうしても図面間の整合性が欠けてしまったり、それが原因で現場の品質低下につながってしまったりするのです。

また、設計図の描き方には業界共通の明確な基準がないため、描く人によって内容や表現がバラバラという問題もあります。

──それは初めて知りました。そうなると、現場が混乱してしまうのではないですか?

まさにその通りです。現場にとって図面が見づらかったり、不適切な状態のまま進んでしまったりすることが常態化しているんです。私は設計の経験があるから設計士の気持ちも分かりますし、多くの現場職人と関わってきたから現場の言い分も分かります。

双方の意見を聞くうちに、設計と現場の間には非常に大きな溝があり、この溝をどうしても埋めなければならないと強く意識するようになりました。そして、そこに自分がこれまで培ってきた知見を活かせるのではないか、と考えたのです。

目指すは「業界の設計改革」。設計図書の国内統一という夢

──なるほど。その溝を埋めるために、具体的にはどのようなことに挑戦されたのですか?

まずは、技術者や設計士向けの講習会を通じて、基本的な図面のルールや具体的な解説を行い、双方の認識が一致するよう指導を進めました。これによって少しでも溝が埋まればと期待していたのですが、実際に講義で双方の本音を聞いてみると、そう簡単にはいかない。やはり根本的な「考え方」が違うんです。職種が違う以上、これはある意味仕方のないことでもあります。

しかし、最終的にその家に住むのは「お施主さま(消費者)」であるという事実は共通しています。この「顧客目線」の意識が合致したときに、初めて本当に良い家がつくれるのだと改めて実感しました。

──確かに、自分が設計・建築した家に笑顔で暮らしてもらうのと、クレームが頻発するのでは、仕事へのモチベーションも全く変わりますよね。

そうなんです。そこで新たな取り組みとして、設計図書の確認を事前に行う「設計図書監査」というサービスを立ち上げました。着工前に完成した図面を専門家がチェックし、図面の整合性を確認することで、施工ミスや現場の混乱を未然に防ぐ仕組みです。

ただ、これだけでもまだ根本的な解決には至っていないのが現状です。

──と言いますと、どういうことでしょうか?

設計図書監査を行えば、その物件の図面は改善されますし、担当した設計士もフィードバックを受けて次からはミスのない図面を描けるようになるかもしれません。しかし、それはあくまで「点」の改善に過ぎないのです。指導を受けた人や、その建築会社は良くなっていくかもしれませんが、全国に何万社とある住宅会社の中のほんの一握りに過ぎません。

私が本当に実現したいのは「設計図書の統一」という業界の設計改革です。整合性の取れた設計と施工が、日本の住宅業界全体で「当たり前」になる世界を作りたいと思っています。

──そのために、具体的に構想されていることはありますか?

まだ私の夢物語のような話ですが、設計の際に使用するツールを、日本国内で統一できたら非常に面白いのではないかと考えています。ルールや基準、描き方が曖昧な設計業界ですが、共通のツールを使うことで、図面の統一性を強制的に持たせることができる。

まぁ、これは夢のまた夢の話ですけどね(笑)。でも、いつか実現できたら面白いのではと思っています。

──素晴らしいですね! 小酒さん監修のツールが誕生する日を楽しみにしています。

続く【後編】では、小酒さんが一貫して提唱する「良い現場の定義」や、後悔しない家づくりのための心構えなど、お施主さま必見のリアルなアドバイスをお届けします。